遺伝情報に基づいた個別化治療の開発

 ヒトてんかん責任遺伝子を導入したてんかんモデル動物の開発

○背景
 常染色体優性夜間前頭葉てんかん(ADNFLE)の日本人家系で、リガンド結合型イオンチャネルであるニューロンニコチン性アセチルコリン受容体(nAChR)のα4サブユニット遺伝子(CHRNA4)の変異を世界に先駆けて同定しました。ADNFLEは比較的最近になって独立した疾患概念として認識された部分てんかんの一つで、その名のとおり明確な常染色体優性遺伝形式をとり、多くは小児期よりみられる睡眠中の手足や身体各部の大きな動きを伴うけいれんを特徴とします。我々が発見した変異はCHRNA4 のヘテロのミスセンス変異S284Lで、nAChRのイオン孔を形成するα4サブユニットのM2ドメインの保存性の高い位置に存在し、セリンをロイシンに変化させることがわかりました。そこで本研究では、ADNFLE家系から同定したS284L変異を相同遺伝子Chrna4 に導入し、遺伝子改変モデル動物を作出し、神経科学的解析を行いました。

○結果
 S284L変異を相同遺伝子Chrna4 に導入が確認された遺伝子組換え動物を作出しました。作出した遺伝子組換え動物はメンデルの法則に従い出生し、正常な発育成長をします。生殖能力や寿命も同胞非組換体と違いはありません。脳内におけるmRNAにて異常遺伝子の発現を確認したところ、変異Chrna4 とwild typeがほぼ半量でヘテロ変異を有するヒトで想定される状態を呈していました。トラクションメータによる筋力評価、ロタロッドテストによる小脳機能、オープンフィールド法による自発運動量、さらにホットプレートによる痛み感受性の行動解析結果も同胞非組換体と有意な差は認められませんでした。
 脳波およびビデオの同時モニタリングで遺伝子組換え動物の観察を行ったところ、ほぼすべての個体でヒトADNFLEと同様に睡眠中(Slow wave sleep:SWS)に前頭葉を焦点とする自発けいれんを示すことを確認しました。遺伝子組換え動物の発作は、non-REM睡眠中にヒトADNFLE患者と酷似する3種類の自発性発作(Paroxysmal dystonia, Paroxysmal arousals, Epileptic wandering)を起こすことも確認しました。時に下肢に進展する二次性全般化けいれんが認められ、ビデオ脳波もこれと同期した棘波を確認しました(図.1)。




図1. 組換え動物S284Lの自発けいれんにおける前頭葉皮質波。自発けいれん
はSlow wave sleepで認められる。けいれん波は単発から急速に持続性の律動性
の棘波となり,けいれんの終了にあわせ消失する




図2. てんかん(ADNFLE)モデル遺伝子改変動物S284L-TGにおける
抗てんかん薬の有効性の検討。ヒトADNFLE患者と同様に、CBZよりDZP、
ZNSが高い発作抑制効果を示す。


 観察される発作波はcarbamazepine(CBZ)ではなくdiazepam(DZP)やzonisamide(ZNS)で抑制され、S284L変異を有するヒトADNFLE患者でのAEDへの治療反応性と類似の薬剤感受性を示すことも確認しました(図2)。
 本てんかんモデル動物を用いて神経伝達物質と睡眠覚醒リズムの相関性を解析した結果、覚醒から睡眠(SWS)に移行する段階でのGABA遊離はてんかんモデル動物及び同胞非組換体で共に有意な変化は認めなませんでしたが、同胞非組換体で覚醒からSWSへの移行段階で通常認められる、グルタミン酸とアセチルコリンの遊離減少がS284L-Tgで認められませんでした。前頭葉スライスパッチクランプを用いた解析では、S284L-Tgはグルタミン酸系には影響せず、GABA系伝達機能への亢進効果が欠如していました。以上より、覚醒から睡眠への移行段階でのGABA系伝達機能とグルタミン酸伝達機能のバランスが崩れ、相対的なグルタミン酸系伝達機能の亢進が起こり、発作発来に至るという特徴的な睡眠中の発作発現機序の一端を明らかにしました。
 
○今後の展開
 本てんかんモデル動物開発やそれに伴って見出された手技は、その他てんかん類型の分子病態及び発症メカニズム解明の可能性が高まり、根治治療法及びてんかんの発症そのものを防止する薬の開発に寄与することが期待されます(図3)。また、今回の遺伝子改変動物の詳細な機能解析方法は、てんかんに限らず、不安障害、ストレス障害や種々の精神疾患などに関与する遺伝的背景因子の解明の糸口になると期待される。遺伝子改変動物の個体レベルでの機能解析と、分子細胞レベルでの生物学的解析によって個々の遺伝子の機能や、複数の遺伝子の相互作用を追究し、より詳細かつ網羅的に遺伝子機能を明らかにすることによって、いわゆる『心の遺伝子』の探索も視野に今後の発展を目指したいと考えています。




図3. てんかんモデル動物開発により期待される成果。